ライフプランのシミュレーションで表を作るのは、決して人生に絶望するためではない

こんにちは、tikoです。

最近実家で両親と顔を合わせるたびに、祖父母の老後の話や、私も含めた兄弟のライフプランの話をされます。

両親は60代に差し掛かろうというところで、私は30代。

両親はどこかのファイナンシャルプランナーに作ってもらった、というエクセルの表を持ち出してきて、何年後にはこれくらいの収入と支出となり、現在の暮らしの水準を保つためには、月々の支出をこれくらいに抑える必要があるのだという説明をしてきます。

世の中ではこういった類の計画を「ライフプラン」や「キャリアビジョン」や「人生設計」というようですね。

私の会社でも、ファイナンシャルプランナーを招聘して、一緒に今後のライフプランを設計する、という催しがあったのを思い出します。

自分の人生の見通しを、具体的な金額の推移とともに一望でき、世間的にも多くの方の関心があるように感じています。

しかし、こういった話が出るたびに、私は2つの違和感を感じずにはいられません。

それは、

・ライフプランを設計するための前提条件

・ライフプランを設計するための目的

この2つに関しての違和感です。

前提条件とすることで固定される「可能性」

まず、ライフプランを設計する上での前提条件ですが、私の両親や、ライフプランのイベントに参加した方から聞いた話、それから個人的にネットで調査した結果を総合すると、どれもほぼ同じような条件が揃うのです。

現在の収入はこれくらいだから何年後にはこうで、車を何年に一度買い替えて、家をこれくらいの時期に建て、それぞれの予算はいくらで、何歳になったら退職金を貰って、年金を受給して・・・という、感じです。

そのすべてが、現在の状況が20年後、30年後にもそっくりそのまま残っている、という前提のもとで計画を立てている。

そもそもこの前提からして、完成した計画にどれほどの信頼性があるのか、あなたは少しも疑問を感じないでしょうか。

現在は5年、ともすると3年後の見通しすら立たない世の中と言われています。

これは全くそのとおりだと私も思っていて、ここ最近の変化だけでも、数年前に今の状況を正確に予測できた人は「誰一人として」居ません。

現在20代の方がこれをやるとすると、40年〜60年後の計画を立てるという話になります。

今のお金の価値が半世紀近くも同水準で続いていくわけがないですし、会社の業績だって上がることもあれば、下がることも当然あります。

企業の平均寿命はおよそ25年ですから、30年後には倒産している可能性のほうが高いです。

退職金にも保証などありませんし、年金は私達の世代以降は当てにしないでおいたほうが得策でしょうね。

砂上の楼閣どころか、蜃気楼、夢物語に近いニュアンスを感じてしまいます。

そして不思議なのですが、これを作る方の頭の中には「支出を減らそう」という発想は生まれても「収入を増やそう」という発想はどういうわけか、生まれてこない。

その計画表のすみっこには「これ以上の贅沢は望めない」ことが、但書として書かれているかのようです。

不確定な未来が、ライフプランによってある程度確定されてひとつの形となった結果、あらゆる可能性はその形の近くに急激に収束してしまいます。

しかもそのライフプランが、堅実で安心ができると納得できる形であるならなおさらでしょう。

ただし、人生には「よりにもよってここで」というような不測の事態が常に起こりえます。

 

逆に、大きく人生を加速させる好機も、同様に訪れる可能性があります。

それらの可能性に対し、自分の力でも、頼れる仲間でも、貯蓄でもなんでもいいですが、身を守る、もしくは活かすための備えをしておくことこそが「ほんとうに意義のある」ことでしょう。

ライフプランを設計する目的

次に、ライフプランを設計する目的についてなのですが、先行きの見えない未来に対して、お金のストック&フローの動きを可視化して、将来の安心を得るため・・・というのがそれだと思いますが、

そこには決定的に足りていない視点があると思うんです。

それは、あなたやあなたの周りの人が「どれだけ楽しいのか」という視点です。

ライフプランを設計した人は決まって、将来に対する重大な責任と、どうにかこうにか工夫をして明るく設定された未来に対して、無理やり納得感をこしらえているように見えてなりません。

計画を立てるというのは本来、将来をより明るくするために、周りの人をより喜ばせるために、楽しみながらやるものだと思うのですが、皆一様に肩を落として、心なしかうつむき加減でライフプランについて語るのです。

乏しい前提の上に、自分が苦しくなってしまうような未来予想図を描くことが・・・どれだけ本人のためになっているのか、わかりません。

無意味であると言うつもりはありません。なにも見えない闇の中に見通しを立てることは、希望を作り出そうとする行いに他ならないから。

でも、だからこそ、仮にその計画が夢物語なのであればこそ、もっと明るい未来を描けばいいじゃないですか。

今や誰もが、ひとりひとりのビジネスを所有する時代です。

収入を増やしてはいけない決まりなどありません。定年まで勤め上げなくてはならない決まりも、ありません。

自由にできるお金と時間を増やして、それをあなたの周りの人に還元していくような、破天荒な未来を描いて、そちらに可能性を収束させていけば良いのです。

そのための方法は、日進月歩で増え続けています。

計画表ばかりを見て、道から外れないように最新の注意を払うよりも、視線を上に向けて、目まぐるしく変わっていく世界を泳ぎ回り、楽しむ。

あなたが目を向け、手を伸ばしさえすればそれが叶います。

懸命に手を伸ばそうとする方には、私はいつでも、手を指しのべたいと思います。