「成功している人は、なぜ神社に行くのか?」感想。神社とインターネットの恐るべき類似点

こんにちは、tikoです。

このたび、八木龍平さんの「成功している人は、なぜ神社に行くのか?」という本を読みました。

純日本式スピリチュアルである、神社。本書に沿っていくと、戦国大名、ヒット商品、神話、企業、偉人、宗教、精神世界などなど・・・実に色々な方面と神社が繋がっていることが説明されています。

ライトな文章でありながら、その構造は深くシステマチックです。

少しだけ近づき難いタイトル導入から、ユーモアと意外性を持って軽く肩透かしをしておいて、スピーディに論理構築していくその魅せ方はなかなか読んでいて引き込まれるものがあります。

さすがは博士・・・目に見えないものを説明するのさえ、非常にわかりやすく読ませるその腕は、日々教壇で弁を振るう方の実力を感じさせます。

インターネット≒神社??

なかでもひとつ気になったのは、インターネットと神社との類似性。

こんにち、誰もがスマートフォンで気軽に検索をかける時代です。これと同じことが、電子機器もなにもない太古の昔から行われてきたと言ったら、あなたは信じられるでしょうか?

本書で言うには、神社は人が祈りを捧げる場所であるということ。

そして、人々の祈りの集合体が神になるということです。(これを難しい言葉で言うと「集合意識」といいます。)

これだけ聞くと「何のこっちゃ」となる方も多いでしょう。しかし、祈りというのは願望であり、心が発した人の意志です。

例えば、多くの人が願う共通のこと・・・便利な生活をしたいとか、美味しいものを食べたいとか、かっこいい服を着たいとか、そんな願望がありますよね。

それを叶えてくれる電化製品やレストラン、ブランドには多くの人の願いを叶えてくれる力があります。

それを探し求めるベクトルと、それを実現しようとするベクトルが、その「モノ」を中心に集まってくるイメージですね。

ベクトルとは想いであり、沢山の人が願いを積み重ねた(行動していった)結果、現実を改変する「神性」を獲得するに至るというわけです。

本書では、神社のそういったエネルギーの流動を人気商品や企業経営、果てはライブなどにカジュアルダウンして、イメージしやすく説明してくれています。

なかでも私の琴線に触れたのが、インターネットです。インターネットは人が「より生活を便利にしたい」という想いを持って、今日のこの形に進化・最適化してきたものですよね。

 

日常の疑問や願望をキーワードにして、検索をかけること。

誰かの役に立ちたいという想いを持って、自分の経験を記事にしたり、コンテンツにしたりして、ネットで検索にかかるような状態に整えておくこと。

 

これらの行いそのものが、上で説明した人の祈りそのものですし、それを少しだけ具体化したものであるともいえます。

全国各地の神社には、ご利益やそのバックボーンも様々な祭神がおられますが、そこへ訪れた人々の祈りは、高く見えないところで繋がっていて、インターネットの世界そのものであるかのようです。

ネットはあなたと私が1体1で向かい合うパーソナルな空間であると同時に、何億人もの人の想いを常に吸い込み変形する、巨大なスライムのようなものでもあるという側面も持っています。

ここまで来ると、ちょっと観念的でわかりにくいかも知れませんね。

ただ一つわきまえておきたいのは、私達がビジネスをする上でネット上にコンテンツを作るのも、誰かの願いや困りごとにコンタクトして、それを助けるお手伝いをするためであるということ。

これは不動の原則であり、あなた自身を神(=人に何かを施すことのできる存在)に近づけていくために忘れてはならないことなのです。