差別化について物申す。あなたを殺すキラーワードになっていませんか?

こんにちは、tikoです。

今回は、差別化についてお話をしていきたいと思います。

ビジネスをやり始めると、もしくは会社などでも、差別化差別化とよく言われているのですが、これってどう思いますか?

あなたはコンテンツ作成側として、この差別化を求められていくでしょう。その問題は考え続けなければならないテーマの一つですが、何をもって差別化していくか?という点について、きちんと戦略が立てられているでしょうか。

この記事があなたのこれからを見つめ直す、契機になれば幸いです。

「差別化できているか」よりも「価値を提供できるか」の視点を

多数に埋没してしまい、「他の人とまったく同じことを言っているな・・」と感じられてしまえば、それは差別化失敗です。

となると奇をてらいたくなるのが人情というものですが、よく考えてみて下さい。「誰もやっていないことをやること」自体に、本当に多くの人を喜ばせられる価値があるのでしょうか?

もちろん、自分の美学をひたすらに突き詰めていったことで、自分の存在を神に近いところまで昇華した例もあることは認めます。しかしそれはごく少数で、もっと言えば結果論で、例えば死後に評価されたゴッホのような存在にあなたはなりたいか?と言うと、恐らくそうではないと思います。

それは一つの究極の美の形だと思いますが、それは稀有だからこその側面もあるし、私はそういう生き方に賛同はしても、あまりお勧めしたくはありません。

それはたぶん辛い生き方であって、ビジネス的な観点からちょっと厳し目な言い方をすれば、無策です。

私がこのブログで実現したいのは、まずは「あなた自身が認められる世界」ですからね。

ちょっと脱線しましたが、人を喜ばせることが第一であって、差別化というのはお客さんにそれが求められているのかという視点が大前提としてあった上で、歓迎されるべきものなのです。

そして、差別化という点にこだわり過ぎると、価値を提供できないどころか、その総量が減ってしまう原因にもなり得ます。

USJに見る差別化の正しい捉えかた

ユニバーサル・スタジオ・ジャパンの復活を描いたリアルストーリーである、「確率思考の戦略論」では、それまでUSJを縛っていた「映画のテーマパーク」という差別化を払拭し、「映画を軸とした『世界最高のエンターテインメントを集めたセレクトショップ』」に変更するシーンが冒頭に出てきます。

この方針転換によって、今の世界的人気を誇るUSJの下地がつくられていったわけですが、私はこれを事実に基づいた、誤った/正しい差別化のこれ以上無い好例として、よく引き合いに出しています。

もし差別化を考えるなら、それが見る側から求められているものであるかを、慎重に考えてから戦略化しましょう。

でないと、私と同じ失敗をすることになりますので・・・あなたにはその落とし穴を、華麗に飛び越えてほしいと思います。